はじめに
小学生の子どもがいる家庭なら、一度は悩んだことがあるのではないでしょうか。
「宿題やったの?」
「分からないところ教えてあげようか?」
「その漢字、間違ってるよ」
子どもの宿題を見るたびに、
「どこまで親が関わればいいんだろう?」
と考えてしまいます。
私自身、小6・小4・小2の3人の子どもを育てていますが、今でも正解は分かりません。
ただ最近、一つ思うことがあります。
宿題って、自転車の補助輪に似ているのかもしれないということです。
宿題は“自転車の補助輪”みたい
子どもが初めて自転車に乗る時。
最初から一人で乗れる子はほとんどいません。
補助輪を付けたり、後ろを支えたりしながら練習します。
でも、いつまでも補助輪を付けたままでは、自分でバランスを取る力は育ちません。
だから少しずつ支えを減らしていく。
宿題も同じだと思うのです。
最初は親が声をかける。
やり方を教える。
一緒に確認する。
でも最終的には、子ども自身が取り組めるようになることが目標です。
手伝いすぎても良くない
親としては、つい手を出したくなります。
計算が間違っている。
漢字が違う。
文章がうまく書けていない。
見ていると気になってしまう。
でも、そこで全部教えてしまうと、
「自分で考える機会」
を奪ってしまうこともあります。
失敗も学びの一つ。
遠回りも成長の一部。
そう考えると、少し見守る勇気も必要なのかもしれません。
でも放置するのも違う
一方で、
「宿題は子どもの課題だから」
と完全に放置するのも違う気がします。
子どもはまだ経験が少ない。
分からない時もある。
やる気が出ない日もある。
そんな時に、
「困ったら相談してね」
と言える存在が近くにいることは大きな安心になります。
親は答えを与える人ではなく、
挑戦を支える人。
そんな立ち位置が理想なのかもしれません。
アドラー心理学の「課題の分離」
アドラー心理学では、
「課題の分離」
という考え方があります。
宿題をやるのは誰の課題か。
それは子どもの課題です。
だから親が代わりにやることはできません。
でも親には、
応援すること
励ますこと
環境を整えること
ができます。
課題は分ける。
でも孤独にはしない。
この考え方は、宿題との向き合い方にも通じる気がしています。
親も一緒に成長している
宿題を見ていると、
「早くやってほしい」
「なんで今やらないの?」
と思うことがあります。
でもそのたびに、
親の忍耐力も試されているなと思います(笑)
宿題を通して育っているのは、実は子どもだけではありません。
親もまた、
待つ力
見守る力
信じる力
を学んでいるのかもしれません。
まとめ
宿題って、どこまで親が見た方がいいんだろう?
私なりの答えは、
「必要な時は支える。でも少しずつ手を離していく」
です。
まるで自転車の補助輪のように。
転ばないように支えながら、
いつか自分の力で走れるように。
そんな距離感を探し続けることも、子育てなのかもしれません🍡


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