今朝、子どもと一緒にW杯を見ました。
朝早くから眠そうな目をこすりながらテレビの前に座り、日本代表を応援する。
ゴールが決まりそうになるたびに声が大きくなり、惜しい場面では思わず顔を見合わせる。
そんな時間を過ごしながら、ふと思ったことがあります。
もしかしたら子どもは、試合の結果よりも「誰と見たか」を覚えているのかもしれないな、と。
子どもの頃の記憶を思い返してみる
僕自身、子どもの頃に見たスポーツの試合結果はあまり覚えていません。
もちろん有名な試合や優勝した大会は記憶にあります。
でも、それ以上に覚えているのは、
「家族で一緒に見ていたこと」
です。
テレビの前で盛り上がったこと。
ゴールの瞬間にみんなで立ち上がったこと。
試合が終わったあとも興奮して話していたこと。
そんな何気ない時間の方が、なぜか心に残っています。
思い出として残るのは、結果よりもその時の空気や感情なのかもしれません。
特別なことをしなくてもいいのかもしれない
子育てをしていると、
「もっと色々な経験をさせた方がいいかな」
「どこかへ連れて行った方がいいかな」
と考えることがあります。
SNSを見れば素敵なお出かけや特別なイベントがたくさん流れてきます。
すると、自分も何かしなければいけないような気持ちになることがあります。
でも子どもにとって大切なのは、意外と派手な出来事ではないのかもしれません。
朝、一緒にテレビを見る。
夕飯を一緒に食べる。
公園を歩く。
他の人から見れば何でもない時間。
けれど、その積み重ねが子どもの記憶をつくっていくのではないでしょうか。
一緒に笑った時間は財産になる
アドラー心理学では、家庭は「安心基地」であることが大切だと言われます。
安心できる場所があるから、人は挑戦できます。
その安心感は、立派な言葉や教育で作られるものではなく、日々の関わりの中で少しずつ育っていくものだと思います。
一緒に笑ったこと。
一緒に喜んだこと。
一緒に悔しがったこと。
そんな体験の積み重ねが、「自分はここにいていいんだ」という感覚につながるのかもしれません。
今朝のW杯観戦も、子どもたちが大人になった時に覚えているかどうかは分かりません。
でも、もし思い出すとしたら、
試合のスコアではなく、
「お父さんと一緒に見た朝だったな」
そんな記憶かもしれません。
子育ての気づき
子育ては、特別なイベントの回数で決まるものではない。
何気ない時間を誰と過ごしたか。
その積み重ねが、子どもの心に残る宝物になる。
今朝のW杯を見ながら、そんなことを考えました。
あなたは子どもの頃、家族と過ごしたどんな時間を覚えていますか?


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