親の自己嫌悪って、筋肉痛みたいなんです

子育ての気づき・日常

「また怒っちゃった…」の夜に思うこと

子どもが寝静まった後。

静かな部屋で、
ふと今日の自分を思い返して、
自己嫌悪になる夜ってありませんか?

「もっと優しく言えばよかった」
「なんであんなに怒ってしまったんだろう」
「ちゃんと向き合えてない気がする」

子育てをしていると、
そんな反省がぐるぐる頭の中を回る日があります。

私自身も、
何度もそんな夜を経験してきました。

でも最近、
少し考え方が変わったんです。

親の自己嫌悪って、
もしかしたら“筋肉痛”みたいなものなのかもしれない、と。


子育ては、見えない全力疾走

子育てって、
想像以上にエネルギーを使います。

朝は起こして、
準備して、
送り出して。

帰ってきたら、
宿題、ご飯、お風呂、兄弟ゲンカ。

その合間に、
仕事や家事、
明日の準備もある。

しかも、
ただ「こなす」だけじゃなく、
親はその中で、

「ちゃんと向き合いたい」
「安心できる親でいたい」
「自己肯定感を下げたくない」

そんな気持ちも抱えながら頑張っています。

だから、
疲れるのは当然なんですよね。

むしろ、
疲れない方が不思議なくらい。


筋肉痛は、「頑張った証拠」

筋肉痛って、
何もしていない時には起こりません。

一生懸命動いた後にくる。

つまり、
“使った証拠”なんです。

親の自己嫌悪も、
少し似ている気がします。

子どものことをどうでもいいと思っていたら、
きっとそんなに悩まない。

「もっとちゃんとしたい」
「傷つけたくない」
「いい関わりをしたい」

そう思っているからこそ、
反省したり、
苦しくなったりする。

もちろん、
怒鳴りすぎたり、
無理をしすぎたりするのは良くない。

だから、
休む工夫や、
怒りすぎない仕組みづくりは必要です。

でも、
悩んでいること自体は、
“向き合っている証拠”
でもあるのかもしれません。


完璧な親じゃなくていい

子どもって、
完璧な親を求めているわけではないと思うんです。

いつもニコニコで、
一度も怒らなくて、
全部受け止められる親。

そんな存在になるのは、
きっと誰にとっても難しい。

でも、
失敗した後に、

「ごめんね」
「さっきは言いすぎたね」

って言えること。

そして、
また笑いかけられること。

その姿の方が、
子どもにとっては安心につながることもある気がします。

子どもは、
親の“完璧さ”より、
「ちゃんと戻ってきてくれる安心感」
を感じているのかもしれません。


「いい親になりたい」が苦しくなる時

真面目な人ほど、
子育てで苦しくなりやすい気がします。

SNSには、
優しい声かけや、
理想的な関わり方がたくさん流れてくる。

それを見るたびに、

「私は全然できてない」
「また感情的になってしまった」

って落ち込む日もある。

でも、
子育てって、
理論通りにはいかないんですよね。

眠い日もある。

余裕がない日もある。

自分自身が疲れている日もある。

そんな中で、
毎日子どもと向き合っているだけでも、
本当はかなり頑張っている。

だから、
自己嫌悪の日は、
「ダメな日」じゃなく、

“ちゃんと向き合っていた日”

として見てもいいのかもしれません。


子どもに必要なのは「安心して戻れる場所」

ボウルビィの愛着理論では、
子どもは「安心できる場所」があることで、
外の世界に挑戦できると言われています。

それは、
親が一度も怒らないことではありません。

失敗しても、
泣いても、
うまくいかなくても、

「最後には受け止めてもらえる」

そう感じられること。

親だって人間だから、
感情が揺れる日がある。

でも、
そのあとまた関係をつなぎ直そうとする。

その積み重ねが、
子どもにとっての安心基地になっていくのかもしれません。


今日も、ちゃんと頑張ってる

もし今、
「また怒ってしまった…」
と苦しくなっている親がいたら、
少しだけ思い出してほしいです。

その痛みは、
何も感じていない人には出てこない。

ちゃんと向き合って、
ちゃんと悩んで、
ちゃんと頑張ってるからこそ出てくるもの。

それはきっと、
心の筋肉痛。

今日も、
子どものことを大切に思いながら、
親として頑張っている証拠なのかもしれません🍡

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