「もっと喋ればいいのに」と思っていた
子どもの「口数」について、考えてみました。
家では親とよく喋る。
友達とも楽しそうにずっと話している。
でも、他の大人がいると急に静かになる。
「もっと喋ればいいのに」「なんであの場では話さないんだろう」と
親として思うことがありました。
でも最近、少し見方が変わりました。
「口数が少ない」のではなくて、
「その場ではまだ話せる状態になっていない」だけなのかもしれない、と。
この記事では、アドラー心理学の「共同体感覚」という視点から、
子どもの「口数」の意味と、
「話したくなる場所」を作ることの大切さを考えます。
「口数」は性格ではなく、「文脈」で変わる
同じ子どもが、場所によって全然違う
3人の子どもを見ていると、
同じ子でも場所や相手によって
口数がまったく違うことがわかります。
長女(小6)は、家では本当によく喋ります。
「今日学校でね」から始まって延々と話してくれる。
でも初対面の大人や、慣れていない場所では
かなり静かになります。
長男(小4)も、サッカー仲間や気の合う友達とは
ずっとしゃべっているのに、
授業参観のときはほとんど発言しない。
次女(小2)は、わが家のチワワには延々と話しかけているのに(笑)、
知らない大人の前では別人のように静かになります。
「内気な子」「話せない子」ではなく、
「話せる場所と、まだ話せない場所がある子」です。
「誰と」「どこで」「どれくらい安心できているか」
話す量を決めているのは「性格」だけではなく、
誰といるか。
どこにいるか。
どれくらいその場に安心感があるか。
この3つが大きく影響しています。
「口数が少ない」と感じるとき、
「性格の問題」と見るより
「今この場所での安心感の問題」と見ると、
見え方がずいぶん変わります。
「話さない」のは「話せない」のではない
「あの場では話さなかった」という事実と、
「あの子は話せない子だ」という評価は、別物です。
「今はまだこの場が安心できる場所になっていない」
「まだこの人との関係が築けていない」
これが「話さない」の正体であることが多い。
「話せない子」という固定像を手放すことが、
子どもの本来の姿を見る入り口になります。
アドラー心理学が教える「共同体感覚」と話す力
「ここにいていい」と感じると言葉が出てくる
アドラー心理学の「共同体感覚」——
「自分はここにいていい、つながっている」という感覚——が
ある場所では、人は自然と言葉が出てきます。
「この人は受け入れてくれる」
「ここでは変なことを言っても大丈夫」
「この場所は安全だ」
この感覚があるとき、
子どもの口は自然と動き始めます。
逆に言えば、「話さない場所」は
「まだ共同体感覚が育っていない場所」とも言えます。
「話す量」は安心感のバロメーター
子どもが「どこでよく話すか」を見ると、
「どこに安心感があるか」がわかります。
家でよく話すなら、家が安心できる場所になっている。
特定の友達とよく話すなら、その友達との間に信頼がある。
先生の前では話せるなら、その先生との関係がある。
「口数が少ない」場所は、「まだ安心できていない場所」。
それは「悪いこと」ではなく、「まだこれからの場所」です。
「課題の分離」で「もっと喋れ」を手放す
アドラーの「課題の分離」では、
「どこで話すか、どれくらい話すか」は子どもの課題です。
「もっと喋ればいいのに」という親の気持ちは
理解できますが、
「話さなきゃ」というプレッシャーが加わると、
さらに話しにくくなることがあります。
「話さなくてもここにいていい」という安心感の方が、
子どもが話せる状態に近づいていく。
「話したくなる場所」を作るために親ができること
家が「話したくなる場所」であること
3人の子どもたちが家でよく話してくれる理由は、
「家が安心できる場所になっている」からだと思います。
何を話しても受け取ってもらえる。
変なことを言っても笑われない。
「そんなこと気にしなくていい」と流されない。
こういう積み重ねが、「この場所なら話せる」を育てます。
「家でよく喋ってくれる」という事実は、
「家が安心できる場所になっている」という証拠でもある。
それは、子育てにおいてとても大切なことだと思います。
「話したときに受け取る」という姿勢
子どもが話してきたとき、
スマホを見ながら「うん」と返すより、
ちゃんと顔を向けて「そうなんだ」と返す。
「話すと受け取ってもらえる」という体験が積み重なることで、
「話していい場所だ」という感覚が育ちます。
「話さなくてもいい」という安心を作る
話すことを強制しない。
「もっと大きな声で」「ちゃんと挨拶しなさい」という
プレッシャーを手放す。
「話せなくてもここにいていい」という安心感が、
逆説的に「話せる状態」を育てていきます。
「話す練習」より「安心できる体験」を積む
「話す練習をさせよう」より
「安心できる体験を増やそう」の方が、
子どもの「話せる場所」を広げていきます。
いきなり苦手な場所で話すことを求めるより、
得意な場所での「話せた体験」を積み重ねていく方が、
少しずつ話せる場所が広がっていきます。
3人の「話したくなる場所」を観察して気づいたこと
長女の「話す場所」
長女は、家が一番話す場所です。
特に夜、一日の出来事を話してくれることが多い。
学校の友達のこと、気になっていること、
楽しかったこと、もやもやしたこと。
「家では話せる」という長女の姿は、
「家が安全な場所になっている」証拠として
受け取っています。
長男の「話す場所」
長男はサッカー関連の話なら、場所を選ばずよく喋ります。
「好きなこと」が話題になった瞬間に、
場所の安心感より「好き」の熱量が勝るタイプ。
「共通の好きがある相手」が、
長男にとっての「話したくなる場所」を作ってくれます。
次女の「話す場所」
次女は、家族の中でも特にチワワに延々と話しかけます(笑)
チワワは評価しない。
判断しない。
ただそこにいてくれる。
それが次女にとっての「完全に安心できる相手」なのかもしれない。
次女がチワワに話しかけているその声が、
「この子には話したい気持ちがたっぷりある」を
教えてくれています。
「家でよく話してくれる」は、最高のサイン
子どもの口数は、性格より「安心感」で決まる部分が大きい。
誰といるか、どこにいるか、どれくらい安心できているか。
「他の大人の前では静かになる」のは
「内気な子」ではなく、「まだその場が安心できていない子」です。
アドラーが言う「共同体感覚」——
「ここにいていい」という感覚——が育つ場所で、
子どもの言葉は自然と出てきます。
そして「家でよく話してくれる」という事実は、
「家が安心できる場所になっている」という
最高のサインです。
「もっと喋ればいいのに」ではなく、
「今はまだこの場所が安心できていないのかもしれない」と
受け取るだけで、子どもへの見方が変わります。


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