子育てをしていると、ふと親のことを思い出す
3人の子どもを育てながら、ふと自分の親のことを思い出す瞬間があります。
毎日の食事。学校の準備。休みの日のお出かけ。
子どもの頃は、それが「当たり前」だと思っていました。
でも今、自分が3人の親になってみると、気づくことがあります。
あれ、全然当たり前じゃなかったな、と。
この記事では、子育てを通じて気づいた親への感謝と、アドラー心理学の「共同体感覚」から見る「支えられながら生きる」という感覚について書いていきます。
「当たり前」だと思っていたことが、当たり前じゃなかった
子育てして初めてわかる「親のすごさ」
仕事で疲れていても、ご飯を作る。子どもが「あれしたい、これしたい」と言えば、できる限り連れて行く。学校の準備が間に合わなければ、一緒に手伝う。
今の自分がやっていることは、昔の親がやってくれていたことと、ほとんど同じです。
でも当時の自分には、それがどれだけ大変なことか、まったく見えていなかった。
「ご飯があること」「一緒に出かけられること」「準備を手伝ってもらえること」
それを「当たり前」として受け取っていた。
親になって初めて、そのひとつひとつに「どれだけの労力がかかっているか」が見えてきます。
気づくのが遅すぎることはない
「こんなことに今更気づくのか」と思う人もいるかもしれません。
でも私は、気づいた瞬間に意味があると思っています。
子育てというリアルな経験を通じて初めて気づくことは、頭で理解することとは違います。
「親は大変だったんだな」という知識ではなく、「今日の夕食を作りながら、昔の親を思い出してじんわりした」という体験として気づく。それが本当の意味で「わかる」ということだと思います。
アドラー心理学「共同体感覚」から見る「支えられて生きる」感覚
「共同体感覚」とは何か
アドラー心理学に「共同体感覚(Gemeinschaftsgefühl)」という重要な概念があります。
これは、家族・地域・社会といったコミュニティの中で「自分は誰かとつながっている」「誰かの支えの中で生きている」という感覚のことです。
アドラーは、この共同体感覚を持てることが、精神的な健康や幸福感の土台になると考えました。
逆に言えば、「自分は一人で生きている」「誰にも頼れない」という孤立感が、さまざまな心理的困難の背景になるとも言えます。
親から受け取った「共同体感覚」の土台
私たちが子どもの頃に親から受け取ってきたものは、まさにこの「共同体感覚」の土台になるものだと思います。
- ご飯を作ってもらえた
- 話を聞いてもらえた
- 失敗しても、そばにいてくれた
- 困ったときに助けてもらえた
こういった体験の積み重ねが、「自分は誰かの中で大切にされている」という感覚をつくります。それが「共同体感覚」の原点になります。
子どもの頃は「当たり前」として受け取っていたそれが、実は自分の中にある「つながりの感覚」の種を蒔いてくれていた。
親になった今、ようやくそれが言語化できるようになりました。
「当たり前」を「感謝」に変えるとき
子育てを通じて、「当たり前だと思っていたこと」が「感謝すべきことだった」と気づく。
この視点の転換は、自分自身の子育てにも影響を与えます。
「ご飯を作るのは当たり前のこと」ではなく「誰かのためにご飯を作ることの意味」を考えられるようになる。「休みの日に連れて行くのは当然」ではなく「一緒に過ごす時間の価値」を感じられるようになる。
こうした感覚が、子育ての質を変えていくのだと思います。
「ありがとう」は元気なうちに伝えたい
照れくさいけれど、言える言葉にしたい
だから、今度親に会ったとき、素直に伝えてみたいと思っています。
「昔、いろいろしてくれてありがとう」
照れくさい一言です。大人になってから親にこういうことを言うのは、なんだか気恥ずかしい(笑)
でも、言えるうちに言っておきたい。
「いつでも言える」と思っていると、言えないまま時間が過ぎていきます。気づいたとき、感じたとき、伝えてみることが大事だと思います。
感謝を言葉にすることの意味
アドラー心理学では、良好な人間関係において「感謝を伝えること」が大切だと言います。
感謝は、「相手の存在や行動が自分にとって価値あるものだった」というメッセージです。
それを言葉にして伝えることで、相手は「自分の行動は意味があった」「あの頃の努力は無駄じゃなかった」と感じることができます。
親の立場で考えると
自分の子どもが大人になって「昔、ありがとう」と言ってくれたら、どれほど嬉しいか。
それだけで、いろんなことが報われると思います。
感謝は「伝える」ことで完成する
心の中で「ありがとう」と思っていても、相手には伝わりません。
感謝という感情は、「伝える」という行動によって初めて相手との関係に作用します。
照れくさくても、タイミングがつかめなくても。「一言だけ」から始めれば、それで十分です。
帰り際の「昔、ありがとうね」。電話の終わりの「いつもありがとう」。メッセージの最後に「感謝してるよ」。
形はなんでもいい。伝えることに意味があると思っています。
子育てが、自分を変えていく
「親になること」は「自分を見直すこと」
子育てを通じて気づくことは、子どものことだけではありません。
過去の自分のこと。自分を育ててくれた人のこと。当たり前だと思っていたことの重さ。
子育てという経験は、自分自身の来し方を見直す機会でもあります。
「自分はどんなふうに育ててもらったか」「どんな言葉をかけてもらったか」「どんな場面で支えてもらったか」
そういうことが、子育てをしながら少しずつ思い出されてきます。
「つながり」の中で生きていることに気づく
アドラーの言う共同体感覚
「自分は誰かの支えの中で生きている」という感覚は、こうした振り返りの中で深まっていきます。
子育てをしながら親への感謝を感じるのは、「自分もかつてそうやって支えられてきた」という記憶がよみがえるからだと思います。
家族って、誰かの支えの中で暮らしているんですよね。それを感じる瞬間が、子育てをしていると何度もあります。
まとめ|感謝は、元気なうちに言葉にしよう
今回の記事のポイントをまとめます。
- 子育てを通じて、親がしてくれたことの重さに初めて気づく
- 「当たり前」だと思っていたことが、実は「支えてもらっていたこと」だった
- アドラー心理学「共同体感覚」 誰かの支えの中で生きているという感覚が、精神的健康の土台になる
- 感謝は「心の中で思う」だけでなく、「言葉にして伝える」ことで完成する
- 親が元気なうちに「昔、ありがとう」の一言を伝えたい
照れくさくても、タイミングが難しくても。
「言えるうちに言おう」という気持ちを、子育てが教えてくれました🍡


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