「娘ちゃんもそうだよ」 たった一言で怒らせてしまった夜
小4の息子が、友達との出来事を話してくれました。でも、なかなか話がまとまらない。
「こういう順番で話すと伝わりやすいよ」とアドバイスしました。
すると横から小6の娘が「そうそう!」とちょっと茶化すような一言。娘も同じことを感じていたようです。
そこでぼくが何気なく言ってしまいました。
「娘ちゃんもそうだよ」
娘、怒ってしまいました😅
「なんで?」と思いましたが、さらに小2の妹まで話に巻き込まれ、三者三様にこじれていくという、なかなかカオスな夜になりました(笑)
「比べたつもりはなかった」 でも子どもにはそう届いた
親の意図と子どもの受け取り方は違う
落ち着いてから振り返ると、ぼくは比べたつもりは全くありませんでした。「弟もそうだし、君もそうだよ」という、ただの補足のつもりでした。
でも娘には、
- 「弟と同列に並べられた」
- 「弟を引き合いに出された」
- 「弟と一緒にされた」
と聞こえていたのかもしれません。
親の意図と、子どもの受け取り方は、必ずしも一致しない。これがきょうだい育ての難しさのひとつだと思います。
きょうだいがいると、つい誰かを引き合いに出してしまう
3人の子どもを育てていると、こういう場面が本当によくあります。
誰かの話をしているときに、別の誰かを引き合いに出してしまう。
- 「お兄ちゃんのときはこうだったよ」
- 「妹はできてるのに」
- 「あなたもそうじゃない」
- 「お姉ちゃんも同じだったよ」
こういった言葉は、意図せず「比べる言葉」になってしまいます。親が比べているつもりは全くなくても、子どもの耳にはそう届いてしまうことがある。
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アドラー心理学から見る「きょうだい比較」の影響
きょうだいは「最初の社会」
アドラー心理学では、きょうだい関係を「最初の社会」と位置づけています。子どもが最初に「他者との関係」を学ぶ場が、きょうだいとの関係だということです。
そのきょうだいと「比べられる」という体験は、子どもの心に大きく影響します。
比べられた子どもは、
- 「自分は○○より劣っているのか」という自己評価の低下
- 「なんで一緒にされるの」という個として見てもらえない感覚
- きょうだいへの競争意識や嫉妬
といった感情を持つことがあります。
「悪意のない比較」が一番やっかい
「あなたはお兄ちゃんより頭がいい」「妹はおとなしいのに」といった明らかな比較は、多くの親が気をつけていると思います。
でも今回のぼくのように、「悪意のない比較」が実は一番やっかいだとわかりました。
悪意がないから、言ってしまう。言ってから「あ、しまった」と気づくけれど、もう出てしまっている。
しかも言った側は「比べたつもりじゃない」と思っているから、子どもが怒ると「なんで?」と思ってしまう。このすれ違いが、きょうだい育てのよくある落とし穴だと思います。
小6という年齢 自意識が育ってくる時期
今回娘が怒ったのには、年齢的な背景もあります。
小6は、ちょうど自意識が育ってくる時期です。「自分はどう見られているか」「他者と比べてどうか」ということへの敏感さが増してくる。
「弟と一緒にしないでほしい」という気持ちが強くなるのは、この時期の自然な発達の一部でもあります。
アドラー心理学的に言えば、「私を個として見てほしい」という正当な欲求が、怒りという形で表現されたとも言えます。怒ること自体は悪いことではない。「ちゃんと個別に見てほしい」というメッセージだったんだと思います。
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「一人ひとりに向き合う言葉」を意識するために
その子だけに向けた言葉を選ぶ
「比べない」を意識するとき、大切なのは「その子だけに向けた言葉を使う」ことだと思います。
「娘ちゃんもそうだよ」ではなく、「娘ちゃんはどう思う?」
「お兄ちゃんのときもそうだったよ」ではなく、「あなたはどうしたい?」
誰かを引き合いに出すのではなく、目の前のその子に向けた言葉にする。これだけで、受け取られ方がずいぶん変わります。
「そのとき・その子」だけを見る
きょうだいがいると、どうしても横に並べてしまいたくなります。でも、子どもはそれぞれ別の人間です。
上の子が小6のときにできなかったことを、下の子が小4でできていても、それは「下の子の方が優れている」ということではない。育ち方も、得意なことも、タイミングも、全部違う。
「そのとき・その子」だけを見る。これが、きょうだい育てにおいて最も大切な視点なのかもしれません。
親自身が「比べている」と気づくことが第一歩
正直に言うと、完全に比べないことは難しい。ぼく自身、今回の出来事があるまで「これが比較になるとは思っていなかった」んです。
だから、まず「あ、今比べてしまったかも」と気づくことが一番大切だと思います。
気づいたら、「さっきは弟と一緒にしてしまってごめんね」と伝えることができる。完璧な親でなくても、気づいて修正できる親であることが、子どもの信頼につながると思います。
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きょうだい育ては「個別の目線」の練習
今回の記事のポイントをまとめます。
- 親の意図と子どもの受け取り方は一致しないことがある
- 「悪意のない比較」が一番やっかいで、気づきにくい
- アドラー心理学:きょうだいは「最初の社会」——比較は自己評価や関係性に影響する
- 「私を個として見てほしい」という怒りは、正当なメッセージ
- 「その子だけに向けた言葉」を意識することが大切
- 「比べてしまった」と気づいて修正できることが、信頼につながる
きょうだい育ては、「個別の目線を練習し続けること」なのかもしれません。
ぼくもまだまだ勉強中ですが、今回の娘の怒りを、また一つ大切な気づきとして受け取りたいと思います🍡


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