子どもの「好き」は消えたのではなく眠っていた アドラー心理学「内発的動機」から考える、子どもの興味が戻ってくる瞬間

子どもの眠っていた「好き」 子育ての気づき・日常

幼稚園でマラソンが大好きだった息子が、走ることから遠ざかっていた

小4の息子が、サッカーチームで地域のマラソン大会に出ることになりました🏃

大会が楽しみな様子で、話す顔がいきいきしています。

実は息子、幼稚園の頃はマラソンが大好きでした。毎日走って、シールを貼るのが楽しみで、「今日も走ったよ!」と報告してくれていた。

でも小学生になってゲームをする時間が増えると、走ることからは少し遠ざかっていきました。「あんなに好きだったのに」と思っていた時期もありました。

それが今回、サッカーをきっかけに「また走りたい」が戻ってきた。

この出来事から、子どもの「好き」と内発的動機について改めて考えさせられました。

「好き」はなくなったのではなく、眠っていただけだった

子どもの興味は「移る」のではなく「広がる」

子どもの興味や「好き」は、時期によって表に出てくるものが変わります。

幼稚園の頃はマラソンが大好きだった息子が、小学生になってゲームに夢中になった。これを見て「マラソンへの興味がなくなった」と感じていました。

でも今振り返ると、「なくなった」のではなく「眠っていた」のだと思います。

新しい興味(ゲーム)が前に出ている間、以前の「好き」(走ること)は消えたのではなく、ただ後ろに引いていただけ。

そして今度は、サッカーという新しい経験が「走ること」への扉を再び開いてくれた。

「別の扉」から再会することがある

子どもが以前好きだったことを「やめてしまった」とき、親は心配になります。「もったいない」「また始めてほしい」と思うこともあります。

でも、「好き」への再会は、必ずしも同じ扉から起きるとは限りません。

今回でいえば、「また走ろう」という気持ちからではなく、「サッカーを楽しみたい」という気持ちから走ることが戻ってきた。

別の扉から、「好き」に再会することがある。

この視点を持っておくと、子どもが何かをやめたときの見え方が少し変わります。

アドラー心理学「内発的動機」 「やらされる」より「やりたい」が力になる

内発的動機と外発的動機の違い

アドラー心理学では、人が行動するときの動機を大切に考えます。

行動の動機には大きく二つあります。

  • 外発的動機:「褒められたいから」「怒られたくないから」「やれと言われたから」という、外からの力による動機
  • 内発的動機:「やりたいから」「楽しいから」「好きだから」という、自分の内側から湧き出る動機

外発的動機でも短期的には動けますが、その力がなくなったときに止まってしまいやすい。一方、内発的動機から動いているとき、人は自然と続けられますし、困難があっても乗り越えようとします。

「走りなさい」より「走りたい」を待つ

今回の息子の話でいえば、もし「走りなさい」「運動しなさい」と親が促していたとしても、それは外発的動機による行動です。

それよりも、サッカーという自分が選んだ活動の中で「走ることが楽しい」「走れるようになりたい」と感じ、マラソン大会を「楽しみ」と感じられる今の状態の方が、はるかに豊かだと思います。

親が「走りなさい」と言わなくても、子どもは自分のペースで「走りたい」にたどり着きました。

これがアドラーの言う「課題の分離」にも通じます。走ることは息子の課題であり、親が先回りして介入するより、本人が「やりたい」と思える環境を整えながら待つことが大切です。

「勇気づけ」は、一緒に喜ぶことから始まる

「大会、楽しみだね」という言葉の意味

息子が「マラソン大会が楽しみ」と言ったとき、私がかけた言葉は

「大会、楽しみだね!応援に行くよ!」

でした。

「頑張れ」でも「速く走れるといいね」でもなく、まず「楽しみだね」と一緒に喜ぶこと。

アドラー心理学の「勇気づけ」は、成果や結果への期待ではなく、「あなたのことを信じている」「あなたの気持ちに共感している」というメッセージです。

「楽しみだね」という言葉は、息子の「楽しみ」という感情を肯定し、「その気持ちはいいことだよ」と伝えることになります。

結果より「プロセスを楽しむ」を伝えたい

マラソン大会には、タイムや順位があります。

でも今の息子にとって大切なのは、「何位になったか」よりも「走ることを楽しめたか」だと思っています。

「よく頑張ったね」「速かったね」という結果への言葉よりも、「楽しかった?」「走ってどうだった?」というプロセスへの関心が、長期的に内発的動機を育てます。

一緒に喜び、プロセスに関心を持つ。それが親にできる、シンプルで大切な勇気づけだと思っています。

子どもの「好き」を信じて待てる親でいたい

「やめた」は「終わり」ではない

子どもが何かをやめるとき、親は「もったいない」「続けてほしかった」と感じることがあります。

でも今回の息子のエピソードが教えてくれたのは、「やめた」は「終わり」ではないということです。

一度遠ざかった「好き」が、別のきっかけで戻ってくることがある。そのとき、以前より深く、自分のものとして「好き」に向き合えることがある。

「やめてしまったこと」を惜しむより、「いつかまた出会い直すかもしれない」と思って待てる親でいたい。

子どものペースを信頼する

アドラー心理学のベースには「人間への信頼」があります。子どもへの信頼も同じです。

子どもは、自分のペースで「好き」を見つけ、一度離れ、また戻ってくる力を持っています。その力を信頼して待てるかどうかが、親としての大切な姿勢だと思っています。

「走りなさい」とは一度も言わなかったのに、息子は自分で「また走りたい」にたどり着きました。

子どもの「好き」を信じて待つことが、いちばんの勇気づけになることもある。そんなことを感じた出来事でした🍡

まとめ|「好き」は消えない、眠っているだけ

今回の記事のポイントをまとめます。

  • 子どもの「好き」は消えるのではなく、時期によって眠ることがある
  • 別のきっかけ(今回はサッカー)から、以前の「好き」に再会することがある
  • アドラー心理学「内発的動機」 「やらされる」より「やりたい」から動く方が、長続きし、豊かになる
  • 「走りなさい」より「走りたい」を待つ 課題の分離の視点
  • 勇気づけは「頑張れ」ではなく「楽しみだね」と一緒に喜ぶことから
  • 子どもの「好き」と「ペース」を信頼して待てる親でいたい

大会、一緒に楽しみたいと思います🏃🍡

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