「こんなに手伝えるようになったんだ」
子どもたちと一緒に、今年もお墓参りへ行きました。
みんなでお墓の掃除をしていると、
誰かに言われるより先に、
3人が自分たちで動き始めた。
水を運ぶ。
雑巾でお墓を拭く。
周りの草をきれいにする。
「こんなに手伝えるようになったんだ」と、
静かに感心しました。
毎年何度か来ているから、
何をするのかも体で覚えているんですよね。
この記事では、毎年繰り返す家族行事が
子どもの成長をどう見せてくれるのかを、
アドラー心理学の「観察する」という視点から考えます。
なぜ「毎年同じことをしたとき」に成長が見えるのか
日常では成長が見えにくい理由
毎日一緒にいると、
少しずつの変化はなかなか気づきにくい。
「あれ、いつの間にこんなに大きくなった?」と
久しぶりに会った親戚に言われるのは、
「変化のプロセス」の外から見ているからです。
毎日一緒にいる親は、
変化の中に常に浸かっているので、
全体の変化を見つけにくい。
「毎年同じ場面」が比較基準になる
毎年繰り返す行事は、
「去年の自分たち」との比較基準になります。
お墓参りという、毎年同じ場所で、
同じことをする行事。
去年の子どもたちの姿と、
今年の子どもたちの姿が、
自然と並んで見える。
「去年はまだ水を運ぶのがやっとだったのに、
今年は拭き掃除まで自分でやっている」
こういった「去年と今年の差」が、
毎年繰り返す行事の中でくっきりと浮かび上がります。
「体で覚えている」ことがわかる瞬間
誰かに言われなくても自分で動いている。
これは単に「成長した」だけでなく、
「前の体験が体に刻まれている」ということでもあります。
毎年同じことを繰り返してきたことで、
「お墓参りではこうする」が
子どもたちの中に自然に根付いていた。
繰り返しが「自分でできる」を育てていた。
アドラー心理学が教える「観察する」ことの力
「評価」より「観察」で子どもの成長を受け取る
アドラー心理学では、
子どもを「評価する」より「観察する」ことを大切にします。
「できた/できない」という評価ではなく、
「今この子はどういう状態か」をフラットに見ていく姿勢。
お墓参りで子どもたちが自分で動いている姿を見たとき、
「よくできた」と評価するより、
「こんなことができるようになっていたんだな」と
観察として受け取る。
その受け取り方が、子どもの成長を
より豊かに感じさせてくれます。
「固定像を手放す」機会としての行事
「この子はこういう子だ」という
親の中の固定像を、行事が揺さぶってくれることがある。
「まだ小さいからできない」と思っていたのに、
自分で水を運んでいた。
「手伝いは苦手な子」と思っていたのに、
黙々と雑巾がけをしていた。
行事という非日常の場面が、
「この子の知らなかった面」を見せてくれる。
固定像を手放して、「今の子どもを見る」機会として、
家族行事は特別な場所です。
「共同体感覚」が行事の中で育つ
アドラーの「共同体感覚」——
「自分はここにいていい、一緒にいてよかった」——は、
家族で同じことに向かう時間の中で育まれます。
みんなでお墓をきれいにする。
みんなで手を合わせる。
みんなで帰り道を歩く。
「一緒にやった」という体験が積み重なることで、
「自分はこの家族の一員だ」という感覚が深まっていきます。
3児パパが見た「今年のお墓参り」
長女(小6)の変化
長女は、今年は「仕切り役」のような動きをしていました。
「ここはまだ拭いてないよ」と弟妹に声をかけたり、
バケツの水を交換するタイミングを自分で判断したり。
去年はまだ「やること」を教えてもらっていた側だったのに、
今年は「動かす側」になっていた。
小6の長女の成長が、
こういう場面でも出るんだなと感じました。
長男(小4)の変化
長男は、重いバケツを運ぶ係を自分で引き受けていた。
「重いから俺がやる」と言っていたかどうかは覚えていないけれど、
気づいたら重いものを担当していた。
体が大きくなったこと、力がついてきたこと。
「役に立てる」という感覚が、
長男の動きにも出ていた気がします。
次女(小2)の変化
次女は「まだ小さいから」と思っていたのに、
雑巾でお墓を丁寧に拭いていた。
小さな手で、一生懸命。
「お姉ちゃんとお兄ちゃんがやっているから自分も」という
姿が、次女らしかった。
年上の2人の背中を見て、
次女もちゃんと「お墓参りの子」になっていた。
「毎年同じ行事」が子育てに与えるもの
繰り返しが「自分でできる」を育てる
毎年同じことを繰り返すことで、
子どもは「次はこうする」という見通しを持てるようになります。
見通しがあると、
「誰かに言われてからやる」ではなく、
「自分でやり始める」ができるようになる。
行事の繰り返しが、
自発性と自立心を育てていきます。
「去年の自分より成長した」という体験になる
毎年同じ行事をすることで、
「去年の自分」との比較が自然に生まれます。
「去年はできなかったことが、今年はできた」
これは他の誰かとの比較ではなく、
アドラーが言う「縦の成長」——
昨日の自分より今日の自分を見る——の体験です。
「自分は成長している」という実感が、
子どもの自己肯定感を育てます。
家族の「共通の記憶」が積み重なる
毎年同じ行事を繰り返すことで、
「うちの家族はこれをする」という
家族独自の文化と記憶が積み重なっていきます。
「お盆になったらお墓参りに行く」
「みんなで掃除をする」
この繰り返しが、子どもが大人になったときに
「あの頃」として温かく残っていく記憶になります。
毎年同じ行事が、成長を映す鏡になる
誰かに言われる前に、
自分で水を運んで、雑巾で拭いて、動いていた3人。
「こんなに手伝えるようになったんだ」という
静かな驚きと喜びが、今年のお墓参りに残りました。
毎年同じように見える家族の行事も、
「去年と今年が並ぶ」ことで、
子どもの成長をくっきりと見せてくれる。
アドラーが言う「観察する」目を持ちながら、
毎年繰り返す行事の中の「変化」を
楽しみに受け取っていきたいと思っています。


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