「いってきます!」が聞けた朝
今日から新学期。
朝起きて、ご飯を食べて、ランドセルを背負って、
「いってきます!」
夏休みの生活から、また学校のリズムへ。
この「いってきます!」が聞けただけで、
今日はそれで十分だと思いました。
完璧なスタートじゃなくていい。
宿題が全部終わっていなくても、
少し寝坊しても、
「今日から」が始まれば、いい。
この記事では、アドラー心理学の「共同体感覚」という視点から、
新学期のはじまりの朝に親として思うことと、
子どもを送り出すための心の持ち方を考えます。
新学期の朝に思うこと
「元気に行けた」がすべての出発点
新学期の初日、
「元気に学校へ行けた」という事実が、
何よりも大切なことだと思っています。
宿題の出来不出来より、
発表会や運動会に向けた準備より、
まず「行けた」という事実。
夏休みから学校のリズムへの切り替えは、
子どもにとって思いのほか体力が必要なことです。
「いってきます!」と言えた朝は、
親としてそれだけでほっとする朝でもあります。
「完璧じゃなくていい」を心に置いておく
新学期のスタートに、
「今日からちゃんとしなきゃ」というプレッシャーを
子どもに与えすぎないことが大切です。
「宿題全部終わった?」
「早寝できてる?」
「ちゃんと準備した?」
こういった言葉が積み重なると、
「新学期=しんどいもの」というイメージになっていく。
「まずは行けたね」「今日どうだった?」という
シンプルな言葉が、スタートを軽くしてくれます。
親も一緒に「新しいリズムを作る」期間
夏休み中に乱れた生活リズムは、
子どもだけでなく、家族全体のリズムでもあります。
「新学期から」は、子どもだけでなく
親も含めた家族全体のリズムを整え直す期間。
「早く戻して」ではなく、
「一緒に少しずつ戻していこう」という感覚が、
子どもの「新学期のしんどさ」を和らげます。
アドラー心理学が教える「共同体感覚」と新学期の教室
「また会えた」が育む共同体感覚
アドラー心理学の「共同体感覚」——
「自分はつながっている、ここにいていい」という感覚——は、
「また会えた」という体験の中で育まれます。
夏休みを経て久しぶりに会う友達。
「あの子、元気かな」「夏休みどうだったか聞きたい」
という気持ちが、「また会えた」という感覚をより深くする。
夏休みという「離れていた時間」が、
再会の共同体感覚を育てていたのかもしれません。
「それぞれの夏を持ち寄る」教室
新学期の教室には、
それぞれの夏休みを過ごした子どもたちが集まります。
プールに行った子。
旅行をした子。
習い事を頑張った子。
家でゆっくり過ごした子。
どれも「その子の夏」であり、
どれも等しく価値があります。
「ね、夏休みどうだった?」という会話が始まる教室は、
お互いの「違う夏」を持ち寄って、
共同体感覚を新しい形で育て直す場所でもあります。
「また教室に戻ってきた」という安心感
「学校に行く」ことへの不安は、
多かれ少なかれ子どもにあります。
でも「また会える」「また同じ場所にいる」という感覚が、
「ここにいていい」という安心感につながります。
「久しぶりに友達に会えるかな」というわくわきが、
新学期へのエネルギーになることがあります。
3人の新学期のはじまり
長女(小6)の新学期
長女にとって、今年は小学校最後の夏休みが終わった新学期。
「六年生として二学期が始まる」という感覚を、
長女はどこかで持っているかもしれない。
去年より少し大人になった長女が、
教室でどんな顔をしているか、少し楽しみです。
長男(小4)の新学期
長男は、サッカーの試合でゴールを決めた直後の新学期。
合宿で仲良くなったチームメイトと
また学校で会える日でもあります。
「ね、昨日の試合見た?」みたいな会話を
どこかでしているかもしれない(笑)
次女(小2)の新学期
次女は、まだランドセルが少し大きく見えるころです。
夏休みの間、チワワと遊び続けた次女が、
久しぶりにクラスの友達に会う日。
「せんせい!」と走っていく背中が
目に浮かびます。
新学期を気持ちよく送り出すための3つの視点
視点1:「行けた」を全力で受け取る
新学期初日、「行けた」という事実を
全力で受け取る。
「今日どうだった?」「誰と話した?」「楽しかった?」と
帰ってきたときに聞く。
「行かせた」ではなく「行けた」という事実への承認が、
子どもの新学期への安心感を育てます。
視点2:「完璧じゃなくていい」を繰り返し伝える
新学期は、少しずつリズムを取り戻す期間です。
「今日は早く寝られなかったね、明日また頑張ろう」
「今日は少し遅刻しそうだったけど、行けたね」
「完璧でなくても、進んでいる」という感覚を
言葉にして伝え続けることが、
子どもの「また明日も行こう」につながります。
視点3:「友達に会える楽しみ」に目を向ける
「学校、行きたくないな」という子どもの言葉に対して、
「でも行かなきゃ」より先に、
「久しぶりに〇〇ちゃんに会えるね」
「夏休みの話、聞きたいんじゃない?」
という「会える楽しみ」に目を向けた言葉を渡してみる。
「共同体感覚」——「また会える、つながっている」——への
期待が、新学期へのエネルギーになることがあります。
「いってきます!」が聞けた、それだけで十分
新学期の朝。
「いってきます!」と言えた子どもたちの背中を見送りながら、
「それだけで十分だ」と思いました。
完璧なスタートじゃなくていい。
ゆっくり少しずつリズムを取り戻せばいい。
アドラーが言う「共同体感覚」——
「また会えた、ここにいていい」——が
新学期の教室で育まれていく。
少し成長した子どもたちが、
また同じ教室に集まる日。
親としても、それがなんだか楽しみな朝でした。


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