学校で描いた絵は「チワワと遊ぶ自分」だった
先日、次女(小2)が学校で絵を描いてきました。
テーマは「自分の好きなもの」。
持ち帰ってきた絵を見ると、
わが家のチワワと一緒に遊んでいる自分が描いてありました。
「好きなもの」のテーマでチワワを選ぶ。
次女にとってチワワがどれだけ大切な存在かが、
その一枚の絵に詰まっていました。
この記事では、次女とチワワの関係をきっかけに、
アドラー心理学の「共同体感覚」という視点から
子どもにとってのペットの意味を考えます。
小2の次女にとって、チワワが「特別な存在」になっていた理由
友達と自由に会えない小2という年齢
小2という年齢は、
学校の友達とはまだ家が遠くて、
放課後に気軽に会いに行くのが難しい時期です。
小学校高学年になれば、
電車で友達の家に行ったり、
待ち合わせして出かけたりできるようになりますが、
小2はそのひとつ前の段階。
「遊びたい」気持ちはあっても、
「会いに行ける」環境がまだ整っていない。
お姉ちゃんとお兄ちゃんが出かける日
長女(小6)と長男(小4)が
友達と遊びに行く機会が増えてきた今年の夏。
その分、次女がひとりになる時間も増えました。
「お姉ちゃんもお兄ちゃんもいないな」という時間に、
次女のそばにいるのがチワワです。
ひとりでいる次女が
チワワに話しかけている声が聞こえてくる。
「ねえ、今日学校でね」と話しかけていたり、
チワワの横に寝転がって、ただそこにいたりしている。
その姿を見ていて、「ありがとうな」という気持ちになりました。
アドラー心理学が教える「ペットと共同体感覚」
「いる」ことが安心感をつくる
アドラー心理学の「共同体感覚」——
「自分はここにいていい、つながっている」という感覚——は、
言葉のやりとりがなくても生まれることがあります。
チワワは次女の言葉に答えません。
「そうだね」も「大変だったね」も言えない。
でも「そこにいる」という事実が、
次女に「自分は一人じゃない」という感覚を届けています。
人間同士でも、言葉より「そこにいてくれること」が
安心感をつくることがあります。
ペットはその「いてくれること」を、
無条件で提供してくれる存在です。
「評価されない関係」がホッとさせる
子どもは学校でも家でも、
さまざまな「評価」の中にいます。
テストの点数、先生の言葉、友達からの目。
家でも「宿題やったの?」「片付けて」という言葉がある。
チワワはそういった評価を一切しません。
「できた/できない」に関係なく、
ただそこにいてなでてくれとせがんでくる。
「評価されない場所がある」という感覚が、
子どもの緊張を解いてくれます。
アドラーが言う「ありのままの自分でいていい」という感覚が、
ペットとの時間の中に自然と生まれています。
「世話をする」経験が共同体感覚を育てる
次女がチワワにごはんをあげたり、
なでたり、一緒に遊んだりする行為は、
「誰かのために何かをする」という経験でもあります。
アドラーが言う「貢献感」——
「自分は誰かの役に立っている」という感覚——が、
チワワとの関係の中で育まれます。
チワワが喜ぶ姿を見て、
「自分がやったことで誰かが嬉しくなった」という体験が
積み重なっていく。
この体験が、自己肯定感の大切な一部になります。
次女とチワワの「日常のひとこま」
学校から帰ってきたとき
次女が学校から帰ってくると、
玄関でチワワが出迎えます。
「ただいま!」という声と同時に、
チワワを抱き上げてリビングに向かう。
その流れが、毎日のルーティンになっています。
学校でどんなことがあった日でも、
帰ってきたらチワワがいる。
「ここに帰ってきた」という感覚を
チワワが出迎えることで作ってくれている気がします。
ひとりの午後
お姉ちゃんとお兄ちゃんが出かけた日の午後。
次女がチワワの横に座って、
なんとなく話しかけている。
「今日はね、体育があってさ」
「縄跳びがうまくいかなかったんだよね」
チワワはただ次女の横にいる。
でもその「ただいる」が、
次女には十分なのかもしれない。
絵の中のチワワ
学校で「好きなもの」というテーマで絵を描いてきた次女。
描いてきたのは、チワワと遊んでいる自分。
友達でもなく、おやつでもなく、チワワ。
次女にとってチワワがどういう存在かが、
その選択に全部出ていた気がします。
子どもにとってのペットが育てるもの
「無条件の絆」を体験する
ペットは子どもを評価しません。
成績も、友達関係も、性格も関係なく、
ただそこにいてくれる。
この「無条件の絆」の体験が、
「自分は存在するだけでいい」という感覚の
早期体験になります。
アドラーが言う「ありのままでいていい」を、
最も自然な形で体験できる関係かもしれません。
「命と一緒にいる」という責任感
ペットの世話をすることで、
「この子は自分がいないと困る」という責任感が育ちます。
ごはんをあげる、散歩に連れていく、
病気のときに心配する。
この「誰かの命を預かる」という感覚が、
子どもの中に「貢献感」と「責任感」を育てます。
言葉なしでつながる体験
子どもは言葉でコミュニケーションすることを
日々練習しています。
でもペットとの関係では、
言葉なしでつながることができる。
なでる、抱く、一緒にいる。
この「言葉なしのつながり」の体験が、
「言葉以外で伝わるものがある」という感覚を育てます。
それは人間関係でも生きてくる大切な感覚です。
ペットは子どもの「もう一つの家族」
次女にとってチワワは、
「飼っている動物」ではなく、
一番近くにいる友達であり、
無条件に受け入れてくれる家族です。
アドラーが言う共同体感覚——
「自分はここにいていい、つながっている」——を、
チワワは言葉なしで届けてくれています。
お姉ちゃんもお兄ちゃんも出かけた日の午後、
チワワの横で嬉しそうにしている次女を見ながら、
「この子がいてよかった」と思いました。
ペットは家族の一員であると同時に、
子どもの心を育ててくれる存在でもあります。


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