「明日ね、友達と遊ぶ約束した!」
小2の次女が、学校から帰ってくるなり
嬉しそうに話してくれました。
「明日ね、友達と遊ぶ約束した!」
一度家に帰ってきて、また学校へ行って、
放課後に一緒に遊ぶらしい。
近所に同学年の子があまりいないこともあって、
今まで放課後に友達と遊ぶ機会が
あまり多くなかった次女。
だからなのか、もう今日からワクワクしている(笑)
その姿を見ていたら、
自分が小学生だった頃を思い出しました。
ランドセルを置いて、またすぐ飛び出していた、あの頃
この記事では、アドラー心理学の「共同体感覚」という視点から、
「友達と遊ぶワクワク」が時代を超えて変わらない理由と、
その気持ちの大切さを考えます。
「明日が楽しみ」というワクワクの正体
「今日」に届く「明日」の喜び
「明日遊ぶ約束」が、
「今日のワクワク」を生んでいます。
まだ来ていない明日のことを、
今日からこんなに楽しみにしている
「先の楽しみを今から持てる」という感覚は、
子どもの時間の豊かさのひとつです。
「明日が楽しみ」という気持ちがある日と、
「明日何もない」という日では、
今日の過ごし方がまったく変わります。
「明日、友達と遊ぶ!」というワクワクが、
今日の次女の帰り道を
少し軽くしていたかもしれない。
「友達と遊ぶ」ことへの期待の大きさ
近所に同学年の子があまりいない環境で育ってきた次女にとって、
「放課後に友達と遊ぶ」という体験は
特別な嬉しさを持っていたようです。
「よくある日常」ではなく、
「あまりない特別な機会」として体験しているから、
ワクワクの純度が高い。
「当たり前にある体験」より
「あまりない体験」への期待の方が、
このきらめきを生み出しているのかもしれない。
「約束した」という安心感
「友達と遊ぶ約束した」という言葉には、
「明日また会える」という確かな安心感があります。
「会えるかもしれない」ではなく、
「絶対に会える」という約束。
この約束の確かさが、
「明日が楽しみ」という感覚をより強くしているのかもしれない。
アドラー心理学が教える「共同体感覚」と「友達と遊ぶ」
「友達と一緒にいたい」は人間の根本
アドラー心理学の「共同体感覚」
「自分はここにいていい、誰かとつながっている」は、
人間が本来持っている感覚です。
「友達と遊びたい」「誰かと一緒にいたい」という気持ちは、
その共同体感覚の、
一番シンプルで純粋な形かもしれない。
小2の次女のワクワクの中に、
「人とつながりたい」という
人間の本質的な感覚が詰まっています。
「一緒に楽しい」が共同体感覚を育てる
友達と一緒に遊んで、
一緒に笑って、一緒に夢中になる
この「一緒に楽しい」という体験が、
「人といることは楽しいことだ」という
共同体感覚の土台を育てていきます。
「人といると楽しい」という体験を
積み重ねた子どもは、
困ったときに「誰かに頼ろう」と思えるようになっていく。
共同体感覚は、こういった日常の体験の中で
少しずつ育まれていきます。
「放課後」という自由な時間の豊かさ
学校の時間は「決められた時間」。
放課後は「自分たちで使える時間」。
この「自分たちで使える時間」に
「友達と遊ぶ」という選択をすること
「何をするか」「どこに行くか」を
自分たちで決めながら過ごす放課後が、
子どもの自主性と共同体感覚を
同時に育てていきます。
「ランドセルを置いてすぐ飛び出した」記憶
自分の子ども時代が重なった瞬間
次女のワクワクした顔を見ていたら、
自分が小学生だった頃を思い出しました。
学校から帰って、ランドセルを置いて、
またすぐ友達のところへ飛び出していた
「今日、○○くんと遊ぶんだ!」という
あのワクワクを、体が覚えています。
何十年も経っているのに、
同じ気持ちが次女の体に流れているんだなと思ったら、
じんわりしました。
「変わっていないもの」を受け取る喜び
「時代は変わった」と言いながらも、
「友達と遊ぶ!」のワクワクは変わっていない
この「変わっていないもの」を
子どもを通じて受け取るとき、
不思議な温かさがあります。
「自分の子ども時代」と
「今の子どもたちの子ども時代」が
同じワクワクでつながっているという感覚。
親として、子どもと重なる瞬間の豊かさです。
「そういう体験をさせてあげられた」という喜び
次女が「友達と遊ぶ約束した!」と
ワクワクして帰ってきた
「この子にも、あのワクワクが届いた」という
喜びが、親の側にもあります。
自分が子どもの頃に体験した「あの感覚」を、
自分の子どもも感じている
この「つながり」が、子育ての喜びのひとつです。
「友達と遊ぶ」を大切にするために
「明日遊ぶよ!」を全力で受け取る
「明日、友達と遊ぶ約束した!」という言葉を、
全力で受け取る。
「そっかー、楽しみだね!」という言葉が、
次女の「友達と遊ぶことは嬉しいことだ」という
感覚を肯定してくれます。
「そんなことより宿題は?」より、
「楽しみだね!」を先に言える余裕が、
子どもの喜びを受け取る力になります。
「放課後」の機会を大切にする
近所に友達が少ない環境でも、
「放課後に一緒に遊ぶ機会」を
大切にしていきたいと思っています。
毎日ではなくても、
こういう「友達と遊べる放課後」が
積み重なっていくことで、
子どもの共同体感覚が育まれていきます。
帰ってきたときの「どうだった?」を楽しみにする
翌日の「どうだった?」を楽しみにしておく。
「楽しかった!」という顔で帰ってくるのか、
「こんなことがあった」と話してくれるのか
その報告を受け取ることが、
親としての「放課後を一緒に楽しむ」ことでもあります。
「友達と遊ぶワクワク」は時代を超える
「明日ね、友達と遊ぶ約束した!」
その一言と、次女のワクワクした顔が、
自分の子ども時代のあの感覚を呼び起こしてくれました。
ランドセルを置いてすぐ飛び出していた、あの頃
何十年経っても、
「放課後に友達と遊ぶ」ワクワクは変わらない。
アドラーが言う「共同体感覚」
「人とつながりたい、一緒にいたい」は、
時代や年齢を超えて、
人の中に当たり前のように宿っているものなんですよね。
明日、楽しんでおいで😊🍡


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