「ゲームはするけど、一緒にはできない」の意味
先日、子どもの友達からこんな話を聞きました。
「今日は英語の勉強をするから、一緒にゲームはできない。でも、ゲームはする」
一瞬、「えっ? どういうこと?」と思いました。ゲームをするのに、一緒にはできない?
聞いてみると、オンラインゲームで会話しながら英語の練習をするので、日本語でわいわいするゲームの時間とは分けている、ということでした。
なるほど、そういうことか。それを聞いて、ぼくはちょっと驚きました。そして、「これはすごいな」と思いました。
しかも後から聞いたら、別の友達も違うゲームで同じように英語を使って学んでいるとか。身近に2人も、自分からゲームで英語を学んでいる子がいる。
今回は、その出来事から考えた「子どもの学び方」と「内発的動機」について書いていきます。
オンラインゲームで英語を学ぶ、とはどういうことか
ゲームで英語を学ぶ、と聞くと「英語学習ゲームアプリ」のイメージをする方も多いかもしれません。でも子どもたちがやっていることは少し違います。
海外のプレイヤーが多いオンラインゲームに参加して、英語のチャットやボイスで会話しながら一緒にプレイする。ゲームを楽しみたいから、英語でコミュニケーションを取ることが必要になる。
「英語を学ぶためにゲームをする」のではなく、「ゲームがしたいから英語が必要になる」という順番です。
「必要感」が学びを加速させる
語学の習得において、「必要感」はとても大きな力を持っています。海外に留学すると英語が伸びやすいのも、「英語を使わなければ生活できない」という必要感があるからです。
ゲームの中でも同じことが起きています。「このゲームで強くなりたい」「チームメンバーと連携したい」という気持ちが、英語を使う必要感を生み出す。
そしてその必要感の中で英語を使い続けることで、自然と英語力が身についていく。勉強しているという感覚なしに、学びが進んでいるわけです。
アドラー心理学「内発的動機」とは何か
アドラー心理学には「内発的動機(intrinsic motivation)」という概念があります。
これは、「外からの報酬や評価ではなく、自分の内側から湧き出る興味・好奇心・楽しさによって行動する」ことを指します。
対になるのが「外発的動機」です。「褒められたいから」「怒られたくないから」「テストで点を取るために」という、外側からの働きかけによって動くこと。
内発的動機が強い学びは、続く
外発的動機による行動は、報酬や評価がなくなると止まりやすいという特徴があります。「ご褒美がもらえないなら勉強しない」「怒られなくなったらやめた」というのがその典型です。
一方、内発的動機による行動は、自分がやりたいからやる。だから続く。うまくなりたいから練習する。知りたいから調べる。楽しいからやめられない。
ゲームで英語を学んでいる子どもたちはまさにこの状態です。「英語を勉強しなさい」と言われているわけではなく、ゲームを楽しみたいという内発的動機が英語学習につながっている。
「勉強しなさい」が逆効果になるとき
多くの親が経験するのが、「勉強しなさい」と言っても動かない、という状況です。ぼく自身も子ども時代、親に言われるたびに「わかってる」と思いながらも動けなかった記憶があります。
なぜ「勉強しなさい」が効きにくいのか。それは、外からの圧力が外発的動機を強化するからです。
「やりなさい」と言われると、子どもの中では「やらされるもの」として位置づけられてしまう。自分の意志でやることではなく、言われたからやること、になってしまう。
アドラーが言う「勇気づけ」との関係
アドラー心理学では、子どもが自分から動くためには「勇気づけ」が大切だと言われています。
勇気づけとは、結果を褒めるのではなく、プロセスや努力に着目して「あなたはできる」という信頼を伝えること。
「ゲームで英語を使っているんだね。すごいね」と伝えるのと、「そんな時間があるなら英語の勉強をしなさい」と言うのでは、子どもの内発的動機への影響がまったく違います。
前者は子どもの自主性を認め、動機を育てる。後者は子どもの動機を奪い、外発的動機に置き換えてしまうリスクがある。
「学ぶ場所」は机の前だけじゃない
今回の気づきでもっとも印象に残ったのは、「学ぶ場所は机の前だけじゃない」ということです。
ぼくが子どもの頃は、「勉強=机に向かうこと」が当たり前でした。でも今の子どもたちは、ゲームという場所で学んでいる。
場所だけじゃなく、学び方も変わっています。教科書を読むのではなく、実際に使う。先生に教わるのではなく、必要に迫られて自分で学ぶ。
「場」と「必要感」が学びをつくる
語学に限らず、学びが起きやすい条件として「場」と「必要感」があると思います。
ゲームは「英語を使う場」を自然に提供してくれる。そしてゲームを楽しみたいという気持ちが「英語が必要」という感覚をつくる。
親が意図して作らなくても、子どもが自分でその環境を見つけて入っていく。それが今の子どもたちの学び方のひとつなんだと感じました。
もちろん、すべての学びがゲームでできるわけではありません。でも「ゲームは悪いもの」という前提で一律に禁止するより、「どんな学びが起きているか」に目を向けることも大切かもしれません。
親にできること|子どもの「好き」を学びにつなげる視点
今回の出来事から、親としてできることをいくつか考えてみました。
①子どもの「好き」を否定しない
ゲームを「ただの遊び」として否定するのではなく、「そこで何が起きているか」に興味を持つことが大切だと思います。
「どんなゲームをしているの?」「英語で話すの、難しくない?」と聞いてみる。子どもの好きなことに興味を持つだけで、子どもは「自分の世界を理解してもらえている」と感じます。
②学びを「勉強」という枠に閉じ込めない
「勉強」という言葉を使うと、子どもはすぐに「机でやるもの」「義務」として受け取りがちです。でも学びはもっと広いもの。
ゲームの中にも、料理の中にも、友達との会話の中にも、学びは起きています。親が「これも学びだね」と声をかけることで、子どもの学びへの感度が広がります。
③内発的動機を守る
せっかく子どもが自分から始めた学びを、親が「じゃあもっとやりなさい」と外側からコントロールしようとすると、内発的動機が損なわれることがあります。
「自分からやっている」という感覚を大切にしながら、そっと見守る。それが親の役割として大切なのかもしれません。
子どもの学び方は、大人の想像を超えていく
今回の気づきをまとめます。
・オンラインゲームで英語を学ぶ子どもたちは、内発的動機によって動いている
・「必要感」があると、学びは自然に起きる
・「勉強しなさい」は外発的動機を強化し、内発的動機を奪うリスクがある
・学ぶ場所は机の前だけじゃない。「好き」の中に学びは潜んでいる
・親にできることは、子どもの「好き」を否定せず、内発的動機を守ること
子どもの友達の一言から、いろんなことを考えさせてもらいました。
「ゲームはするけど、一緒にはできない」
最初は意味がわからなかったその言葉が、今はなんかかっこよく聞こえます(笑)
最後まで読んでいただきありがとうございました。
おだんごさんでした🍡


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