6人仲良しなのに、いつも2人で遊ぶ理由
小6の娘には、6人の仲良しグループがあります。学校では休み時間もよく一緒にいて、関係性はとても良さそうです。
ただ、放課後に娘が遊ぶのは、いつもその中の特定の1人と2人きりであることがほとんどです。
親としては「せっかく6人仲良しなんだから、みんなで遊べばいいのに」と思っていました。グループで遊んだほうが賑やかで楽しいんじゃないかと。そして少し不安にもなっていました。「もしかして、グループの中で少し浮いているのかな」と。
最近、スマホゲームをきっかけにもう1人の子とも仲良くなり、3人で遊ぶことも増えてきました。するとその新しく仲良くなった子からも「2人で遊ぼう」というお誘いが。
あれ? また2人? と思いながら、ここで気づきました。
「6人で仲良しなこと」と「毎回6人で遊ぶこと」は、別の話なんだ、と。今回は、その気づきをアドラー心理学の視点から深めていきます。
子どもの「グループ」と「特別な友達」は別物
子どもが複数人のグループに属していても、その中でさらに「特に仲の良い2人組」や「気が合う3人組」ができることはよくあることです。
グループ全体が「仲良し」であることと、その中の誰と「深くつながるか」は、別の話です。
大人の職場も同じ構造をしている
考えてみると、大人の人間関係も同じですよね。職場の部署は10人でも、ランチに行くのはいつも同じ2〜3人だったり、悩みを相談できる仲間は限られていたりする。
「部署のみんなと仲が良い」と「特定の同僚と特に深くつながっている」は矛盾しない。それどころか、それが自然な人間関係の形です。
子どもの友達関係も、同じ構造をしています。グループ全体に属しながら、その中でさらに「深い関係」と「広い関係」が同時に存在している。
アドラー心理学が言う「対人関係の距離感」とは
アドラー心理学では、人間関係に「距離感」があることを大切に考えます。
すべての人と同じ深さでつながろうとすることは、心理的に非常に疲れることです。また、距離感のない関係は、依存や摩擦を生みやすくもなります。
アドラーの考え方では、「誰とどんな距離でつながるか」を自分で選べることが、健全な対人関係の基本です。
「広い関係」と「深い関係」を使い分ける力
娘の場合、6人グループは「広い関係」として機能しています。学校の中で安心できる居場所、気軽に話せる仲間たちの輪。
そしてその中に「深い関係」として、特に気が合う友達がいる。2人で遊ぶ関係はそちらです。
この2種類の関係を自然に使い分けられることは、対人関係においてとても高度な能力です。小6の娘が、意識せずにそれをやっていたことに、ぼくは驚きました。
「みんなで遊べばいいのに」は親の勝手な期待だった
ぼくが「みんなで遊べばいいのに」と思っていたのは、なぜだったのでしょうか。
振り返ってみると、「グループ全員と平等に仲良くしていること」が「うまくやっている証拠」だと、無意識に思い込んでいたのだと思います。
でも実際には、グループの全員と同じ深さでつながることを求めるほうが、子どもには負担になることもある。
親が心配する「グループに溶け込んでいるか」問題
子どもが特定の友達とだけ遊んでいると、親は「グループの中で浮いていないか」「仲間外れにされていないか」と心配になることがあります。
ぼく自身もそうでした。でも今回の娘の様子を見ていて気づいたのは、娘はグループの中で問題があるわけではなく、単純に「自分が心地よい距離感」を自然に選んでいるだけだったということ。
グループに属しながら、深くつながる友達を自分で選べている。それは問題どころか、むしろ対人関係のセンスが育っている証拠です。
アドラー心理学の「課題の分離」から見ると
アドラー心理学の「課題の分離」という考え方があります。「誰の課題か」を分けて考えること。
娘が誰と遊ぶかは、娘の課題です。親のぼくが「みんなで遊べばいい」と思うのは、ぼく側の期待に過ぎません。
娘が自分で友達との距離感を選び、関係を築いていく。そこに親が干渉するのは、娘の課題に踏み込むことになってしまう。
娘がつらそうにしていたり、本人が悩んでいるのであれば話は別ですが、娘は楽しそうに友達と過ごしています。それならば、その関係を尊重することが大切です。
子どもが自分で「距離感」を選べることの大切さ
対人関係における距離感を自分で選べることは、大人になってからも非常に大切な力です。
親しい友達には深くつながり、広い人間関係では適切な距離を保つ。この使い分けができることで、人間関係で消耗せず、長く健全なつながりを維持できます。
子どもの頃から「自分の心地よさ」を大切にする習慣
自分が心地よいと感じる距離感を大切にする習慣は、子どもの頃から育てていくことができます。
「みんなと仲良くしなきゃいけない」という圧力よりも、「自分が大切にしたい友達を大切にしていい」という感覚のほうが、長期的には健全な人間関係につながると思います。
娘がスマホゲームをきっかけに新しい友達との関係を広げながら、でも「2人で遊ぼう」という形でつながり直しているのを見て、娘なりの距離感の取り方がちゃんとあるんだな、と感じました。
親にできること|「どんな遊び方をしているか」より「楽しそうかどうか」
親として見守るうえで大切なのは、「誰と遊んでいるか」「何人で遊んでいるか」よりも、「子どもが楽しそうか、生き生きしているか」を見ることだと思います。
娘が友達との時間を楽しんでいるなら、それがベストな形です。グループで遊ばないことを「問題」にする必要はありません。
もし子どもが「友達との関係で悩んでいる」「グループの中でしんどい」と感じているなら、そのときに寄り添えばいい。それまでは、子どもを信頼して見守ることが一番の関わり方です。
「仲良しグループ」と「深い友達」は共存する
今回の気づきをまとめます。
・6人仲良しグループに属しながら、特定の友達と2人で遊ぶことは、まったく問題ではない
・アドラー心理学では、「対人関係に距離感があること」は健全なこと
・「広い関係」と「深い関係」を使い分けることは、対人関係の高い能力のひとつ
・「みんなで遊べばいいのに」は親の期待であり、課題の分離の観点では子どもの課題に踏み込んでいる
・親にできることは、子どもの遊び方より「楽しそうか」を見守ること
娘が友達の輪を自分らしく広げながら、それぞれの友達と自分なりの距離感でつながっている。
それはぼくが思っていた以上に、豊かな人間関係の形でした🍡
最後まで読んでいただきありがとうございました。
おだんごさんでした🍡


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