「日光のチョコ餅が食べたい」に思わず固まった
小6の娘が修学旅行から帰ってきました。日光への旅行で、お土産もいくつか買ってきてくれました。
家族みんなでお土産を囲んで見ていたとき、小2の下の娘がひと言。
「日光のチョコ餅が食べたい!」
ぼくは一瞬、固まりました。
「日光」って読めるの? 小2でそんな地名、習うっけ?
でも娘はごく自然に、当たり前のように「日光」と読んでいた。そして美味しそうにチョコ餅をいただいていました(笑)。
この何気ない瞬間から、子どもの成長について、いろいろと考えさせられました。
いつの間にそんなことを知っていたのか
「日光」という地名を、娘がどこで覚えたのか、正直わかりません。学校で習ったのかもしれないし、テレビで見たのかもしれない。お姉ちゃんが修学旅行の話をしていたのを聞いていたのかも。
でも確かなのは、娘は誰かに「今から日光という字を教えるよ」と言われたわけではなく、日常の中のどこかで自然に吸収していた、ということです。
子どもの学びは「教えた瞬間」だけに起きていない
親としてつい思ってしまうのは、「何かを教えた」ときに子どもが学んでいる、という感覚です。宿題をやらせたとき、本を読んであげたとき、問題を一緒に解いたとき。
でも実際には、子どもは日常のあらゆる場面から学んでいます。テレビの字幕、店の看板、お姉ちゃんの話し声、家の中に溢れる文字や言葉。気づかないところで、どんどん吸収している。
「日光」を読んだ娘は、その典型を見せてくれた気がします。
アドラー心理学「子どもは有能である」という視点
アドラー心理学には、「子どもをひとりの有能な存在として見る」という基本的な姿勢があります。
「子どもはまだ未熟だから、大人が教えてあげなければならない」という視点ではなく、「子どもにはすでに力がある。それを引き出し、信頼することが大切だ」という見方です。
「まだできないだろう」という思い込みの罠
親は無意識に、子どもの年齢や学年から「この子にはまだこれは無理」「これはまだ知らないはず」と判断してしまうことがあります。
もちろんそれは悪意のある判断ではなく、子どもを守りたい、サポートしたいという親心から来るものです。
でもその思い込みが、「子どもがすでに知っていること・できること」に気づかせてくれない壁になってしまうことがある。
「日光なんて読めないでしょ」という前提で見ていたら、娘の一言を聞き流していたかもしれません。それを「あれ、読めるの?」と驚いて受け取れたことで、娘の成長に気づけた。
子どもの「すでにある力」に目を向ける
アドラー心理学では、子どもを「これから育てる対象」としてだけでなく、「今この瞬間にすでに力を持っている存在」として見ることを大切にします。
「まだ何もできない」ではなく「何がもうできるんだろう」という問いを持って子どもを見ると、親の見え方がずいぶん変わります。
子どもが持っている力を信頼し、それが発揮される瞬間を楽しみに待つ。そういう関わり方が、子どもの自信にもつながっていきます。
成長は「テスト」や「通知表」だけに現れない
子どもの成長を測るものとして、学校では通知表や定期テストがあります。もちろんそれも大切な指標のひとつです。
でも、子どもの「本当の成長」はそれだけではありません。むしろ、日常の何気ない会話や行動の中にこそ、目に見えにくい成長のサインが潜んでいることが多い。
日常会話の中に成長のサインがある
たとえば、こんな場面が成長のサインになります。
・今まで使ったことのない言葉を自然に使い始めたとき
・知らないはずの知識を口にしたとき
・状況を見て自分から動いたとき
・誰かのことを思いやる言葉を言ったとき
こういった瞬間は、テストには出てきません。通知表にも書かれません。でも、確かにそこに子どもの成長があります。
娘の「日光のチョコ餅が食べたい」は、まさにそのひとつ。地名を読んだという「知識の成長」であり、お姉ちゃんの修学旅行に関心を持って見ていたという「関心の豊かさ」でもありました。
親が気づいてあげることの意味
子どもの日常の成長サインに気づいてあげられるかどうかは、親の「見る目」にかかっています。
「どんな小さなことでも、この子の成長かもしれない」という姿勢で見ると、子どもの見え方が変わります。
そしてその気づきを言葉にしてあげることで、子どもは「自分のことをちゃんと見てもらえている」という安心感を得られます。それがアドラー心理学で言う「勇気づけ」のひとつのかたちです。
きょうだい間の学び合いという視点
今回、小2娘が「日光」を知っていた理由のひとつとして、小6のお姉ちゃんの存在があるかもしれません。
修学旅行前に「日光に行く」という話を家の中でしていたでしょうし、お姉ちゃんが帰ってきてからも「日光のお土産」という言葉が飛び交っていたはず。
それを聞いていた小2の娘が、自然にインプットしていた。
きょうだいは最初の「社会」
アドラー心理学では、きょうだい関係を「最初の社会」と捉えることがあります。年上の子から学び、年下の子に伝える。その関係の中で、子どもは人間関係の基礎を学んでいきます。
小2娘が「日光」を知っていたのも、学校の授業からだけでなく、お姉ちゃんという「身近な先生」から吸収していたのかもしれません。
きょうだいがいる家庭では、上の子の経験が下の子の学びのきっかけになることがよくあります。それは親が意図して作らなくても、日常の中で自然に起きている豊かな学び合いです。
子どもの成長は、日常の会話の中にある
今回の気づきをまとめます。
・子どもの学びは「教えた瞬間」だけに起きているわけではなく、日常のあらゆる場面で静かに積み上がっている
・アドラー心理学は「子どもは有能である」という前提で子どもを見ることを大切にしている
・「まだ知らないだろう」という思い込みが、子どもの成長に気づくチャンスを逃させることがある
・テストや通知表には現れない成長のサインは、日常の何気ない会話の中に潜んでいる
・親が気づいて言葉にしてあげることが、子どもへの勇気づけにつながる
「日光のチョコ餅が食べたい」という小2娘のひと言は、チョコ餅の美味しさと一緒に、大切なことを教えてくれました(笑)。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
おだんごさんでした🍡


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